正岡子規 「筆まかせ 抄」を読む

子規は兎にも角にも書きたかったのだ。「書くことを次々と思ひだしてこまる故 汽車も避けよという走り書きで (60)」書き繋いだのが『筆まかせ』。「賄征伐」(145) のように『坊ちゃん』のバッタ顛末さながらの生き生きとしたドキュメンタリー、Base-ball (42) のように好きなことについて力こぶを込めて書いたもの、八犬伝の、詳細な、でもよくわからない分析 (44)、どうでも良いと思ってしまうような議論「関係」 (28) など、そのスペクトルの広さは絶大だ。
それにつけても、言葉への容易ならざる愛着と興味がほぼ全ての文章を貫いている。「日本語は如何に改良すべきか (18)」といってみたり、「何故に簡単なる語をすてて冗長なる語を用ゆるや (90)」と言文一致を批判する。その源流には「余の嗜好は詩を作り文を草することにあり ... 理科学は勿論蛇蝎視したり(34)」という初志が流れ、それが「古池や蛙飛びこむ水の音」を、「閑静なるところを閑の字も静もなくして現したるまでなり (66)」と見事に投影し、「詩歌の可否」について「意味深長ということも一の標準なるが如し (216)」とまとめるに至る。子規の、言葉に対する思いは、彼の誠実さの投影に他ならない。漱石との議論の中で、「昨日の標準は今日の標準にあらず (99)」と記し、また、「余は固よりスケッチブックなり」と書いている。標準を発見せんとしつつ、あえて「疑いを存せざるを得ず」という未完成の立場に留まろうとした。
子規は (173) で、自分の望みの書斎と庭園を、見事なスケッチをつけて設計する。曰く「なるべく栄耀を尽くしたきはいふまでもなけれども 到底 どんなにあがいても無益なる大望とおもへば さまでに望ましくもあらず ただ学校なりと卒業したる上の楽しみは 我心に一応の満足を与ふべき書斎と庭園とをつくることを得ばそれにて十分なり」という。子規にとって「栄耀」は無益な大望であった。そして彼は、根岸に、極めて小さくてつつましい、庭と書斎(病室)を持ち、そこで、苦しかったに違いないが勇ましい命を終えたのである。
苦労の種を蒔きて笑われ草とならん (15)

子規・筆まかせ・岩波文庫